あきののろるにっき

League of Legends(LoL)に関するさまざまなことを記事にしていきます。 twitterは@AkinoAmaki_LoL

【あきののろるにっき#27】隣の芝からLJLを考える(前編) ―将棋はいかにして「初見さんお断り」を乗り越えたか―

こんにちは、あきのです。

今回はちょっと真面目な記事。LJLの観戦において私が勝手に課題だと思っている点について、お隣さんのゲーム(将棋)がどうやってクリアした(あるいはしようとした)のかを考察しました。

 

 

1.私がLJLの課題だと思っていること

(1)LJL観戦は初見では楽しめない。

LJL観戦は敷居が高く、LoLの知識が乏しい状態の初見では楽しめません。それは「何が起こっているのかわからない」から。

より正確に言えば、「いまどちらが有利なのかが分からない」からです。

(2)そんなことない…?

そんなことないよ?という人もいるでしょう。例えば以下のような反論がすぐに思いつきます。

①グローバルゴールド差という分かりやすい指標がある?

確かにグローバルゴールド差は定量的な指標の一つです。しかし、必ずしも勝利に直結する指標というわけではありません。

有名な例外としては、オーンが挙げられますよね。グローバルゴールド差に反映されない有利をパッシブでチームにもたらすことができます。

 

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オーンのパッシブによる有利は金額換算しやすいが、だからといってグローバルゴールド差に反映されるわけではない。

また、そこまでミクロなところに焦点を当てなくても、互いのチーム構成によってグローバルゴールド差の評価に差が出るのは納得感のある話だと思います。

レイトゲーム志向であれば、ゲーム時間20分時点でイーブンなら実質有利。レベル16で凶悪なパワースパイクを迎えるカサディンにいくつかキルでも入っていれば、2000ゴールド程度ビハインドを背負っていたとしても万々歳かもしれません。

②実況・解説がいてくれる?

一面ではその通りです。

現在LJLを実況・解説してくださっている方々の説明は非常にわかりやすく、明快です。そこに疑問の余地はないでしょう。

一方で、実況解説はある程度LoLの知識がある視聴者に向けた内容となっています。*1

ガレンのEがぐるぐる回ることやファントムダンサーにシールド効果があることまでわざわざ解説しません。ゲーム内に話せる時間(リソース)は非常に限られていますし、視聴者の大部分が理解している事柄に何度も言及するのは全体的な視聴体験を損なうからです。

しかし、それがゆえに、知識が乏しい状態の初見では楽しめないのです。これは実況解説の巧拙ではなく、純粋に構造的な問題です。

③ゲーム内容だけがLJLの楽しみ方じゃない?

全くその通りだと思います。私も以前、「初めて観戦する人には、ゲームの内容よりも選手やチームの情報を楽しんでもらうのが先」という主旨を含んだ記事を書きました。

akinoamaki-lol.hatenablog.com

 

しかし、現在のLJLシーンは「選手やチームの情報を楽しんでもらう」ための情報提供が以前に比べて不足してきているように感じています。

例えば2016年。LJL UNLOCKEDという動画シリーズがあり、各チームのゲーミングハウスの内部や休日の選手の活動等にスポットライトを当てていました。

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若かりし頃(?)のEvi選手。
LJL UNLOCKED : THE FAMEより抜粋
https://www.youtube.com/watch?v=pRnjjr7iJfA&list=PLpOVkT2nygTs5rskM5wYyAEuvxzKtwPvl&index=4

 

例えば2017年。LJL DRAFT QUIZという動画シリーズがTwitterで公開されました。

この中では、バンピックの形式を借りながら各選手の好みやチームメイトの関係、裏話等が引き出されていました。

twitter.com

 

それ以降は? 単発の動画等はありましたが、LJLとしてプロシーンの選手・チームのひととなりに焦点を当てたストーリーの制作は無かったように記憶しています。

(3)LJLが提供し始めた解決の糸口。

「選手・チームのストーリー」については後述するので一旦置いておいて、まずは「いまどちらが有利なのかが分からないから観戦が面白くない」問題についてお話ししましょう。

この課題に対し、LJLは近頃解決策を導入しました。

それがAIのiBlitzcrank君です(正式名称は何なんだろう……?)。

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LJL公式放送より(https://www.twitch.tv/videos/699641638)


iBlitzcrank君は一定タイミングでの勝率予想を算出し、「今どちらが有利か」を可視化してくれます。

この「今どちらが有利かを可視化する技術」。これを有効活用することで、かつて人口減少の歯止めに成功したゲームがありました。

それが、今回メインでお話しする「将棋」です。

以降では、「隣の芝」である将棋業界における新規人口の取り込み事例を元にして、「LoLのプロシーン視聴人口を増加させるにはどのような施策が打てるのか」を考えてみたいと思います。

 

2.「初見さんお断り」の悩み。将棋は長らく同じ苦しみを味わってきた

(1)趣味の「おじさん化」

娯楽の多様性が増していく世の中で、伝統的な娯楽である将棋も長らく人口減少の歯止めに苦しんできました。中でも、若年層の人口は危険水域にありました。

少し古い資料ですが、公益財団法人 日本生産性本部が出している「レジャー白書2018」を紐解いてみましょう。

デビュー後29連勝を飾った藤井聡太七段(現・棋聖)というスターが登場した2017年にあってすら、将棋人口のうち、一般に中年と言われる40代以上の人口が2/3を占めていました。*2

www.jpc-net.jp

 

(2)将棋の観戦は基本的に「ヤムチャ視点」である

ところで、将棋というのは非常に難解なゲームです。実現可能な局面数はおよそ10の68乗ほどあると言われ、一般の素人では5手先を読むのもいっぱいいっぱい。一方、プロ棋士は(直線的な読みなら)数十手先まで読めるとも言われます。

ゆえに、プロ棋士が指した一手にどのような意味が含まれているのかを観戦者が理解するのは非常に困難。

つまり、「将棋のソロ視聴」はヤムチャ視点で戦いを眺めるだけの、基本的に楽しくない行為なのです。

 

(3)将棋業界の伝統的な対策と"新手"

将棋業界*3はこれに対して主に2つの解答を用意しました。1つは「解説者の配置」、そしてもう1つは「将棋の視聴に他の楽しみを用意する」という手段です。

一つ目の解説者の配置は分かりやすいですね。対局者と同等の力量を持つプロ棋士が、対局者が指した手の意味を初心者でも分かりやすいように説明してくれます。

二つ目には解説が必要でしょう。将棋というゲームはどれだけかみ砕いて解説してもやっぱり難解さが残り、話についていけなくなることがあるのです(そこが魅力でもあるのですが)。

そんな人でも将棋の「視聴」が楽しめる(いわゆる「観る将」になる)よう、将棋中継では色々な施策が試されています。例えば

  • 対局者が注文した昼食やおやつの紹介
  • 対局者に関するエピソードの開陳
  • プロ棋士の日常生活の公開

などなど。

「将棋」自体が楽しめなくても、将棋の「視聴」が楽しめる(将棋は指さず、主に観戦だけをする「観る将」になる)よう工夫がなされており、これで将棋人口が増えればハッピー、というわけです。(余談ですが、将棋というゲームはめちゃくちゃ長く(最長の棋戦では両者合わせて18時間の持ち時間がある)、単に対局者が指した手を解説するだけではとても場が持たないのを回避する意味もあります)

そして、将棋界がこの「将棋人口(「観る将」含む)の増加」と「若年層の取り込み」を意図して放った一大イベントが、「将棋電王戦」でした。

 

3.将棋電王戦とは

将棋電王戦とは、株式会社ドワンゴが主催した非公式の棋戦です。
一目見れば「休日にやってる将棋棋戦とは全然違う」と分かるPV動画がこちら。

www.nicovideo.jp

 

この棋戦の特徴を列挙すると以下の通り。

  • 将棋とは全く関係のない「人間 vs AI」を全面的にプロモーションに押し出した。(特にこの第二回は、人間をベビーフェイス(善玉)、AIをヒール(悪玉)にする等の手法を用いました。下の画像で前面に眼鏡を光らせているのが将棋AIの開発者さんです)

 

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上記動画より抜粋
  • 「将棋」よりも「将棋の視聴」=「プロ棋士が持つストーリー」に焦点を当てた。実際、各対戦において「あおりPV」が用意され、人間・AIのバックグラウンドが分かるように工夫されている。

www.nicovideo.jp

 

  • 局面の有利・不利を数値化して表示する将棋AIを常に画面に表示した。

 

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第三回将棋電王戦 豊島将之七段(現・竜王名人) vs YSSより(https://live.nicovideo.jp/watch/lv161974585
  • 全体的な演出を電子画面チックにし、従来の伝統性とは別の切り口を描いた。

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第二回将棋電王戦 塚田泰明九段 vs Puella αより(https://live.nicovideo.jp/watch/lv118757229



4.将棋電王戦のねらい

(1)将棋電王戦の特徴の整理

将棋電王戦は、前述の通り「将棋人口(「観る将」を含む)の増加」と「若年層の取り込み」を狙って開催されたものです。
その観点から見ると、前述の特徴は以下の狙いを持っていたように思われます。

  • 「プロ棋士が持つストーリー」に焦点を当てた

 →「観る将」の増加

  • 局面の有利・不利を数値化する将棋AIの常時表示

 →「観る将」の増加

  • 全体的な電子画面化→若年層の取り込み

 →若年層の取り込み


特に2つ目、「将棋AIの常時表示」は大きなパラダイムシフトでした。これが「観る将」の人口増加に一役買ったことは間違いないでしょう。

なにせ、将棋を全く知らない人でも、たとえ今解説が局面と別の事を話していたとしても、視聴を始めた瞬間に現状でどちらが有利なのかが分かるんですから。

「人間 vs AI」という将棋に全く関係ないプロモーションで流入してきた「初見勢」をキャッチするには十分すぎるほど敷居を低くできました。

(2)「カジュアル層」が入ってくることの受容

これは明確な論拠を示せるわけではないのですが、将棋業界は将棋電王戦を通して公に「カジュアルに将棋と付き合う層」の受容に舵を切ったように感じています。

「基本的に観るだけ。将棋はたまーに指す程度」で、「それまでは『先生』と呼ばれ尊敬されていたプロ棋士を『てんてー(藤井猛九段)』『みうみう(三浦弘行九段)』『将棋の強いおじさん(木村一基王位)』と呼び、『かわいいもの化』してしまう」カジュアル層の受容。その意思決定も、将棋人口減少に歯止めをかけた一手であったように思います。

(3)AIは解説者の地位を貶める?

ところで、一時この将棋AIには賛否がありました。

「ばっさりと局面を数値化してしまうこと、今後の展開をAIが予想することは、それまでその役割を担っていた解説者の地位を貶めることにならないか?」という指摘です。

結論から言えば、この指摘は全くの杞憂でした。

勿論、登場した当初こそ新たな仕組みの導入に困惑するプロ棋士もいましたが、すぐに業界の大部分が順応し、現在では地位を貶めるどころか、プロ棋士が解説をする上での助けとなる有用なツールとして活用されています。

また、そもそもプロ棋士の解説には独自の長所(対局者の背景エピソードを語ったり、ちょっとした将棋小噺をしてみたり等)があります。対局者が選んだおやつの意図を解説できるようなAIの開発にはあともう少し時間が必要である以上、今以上に解説者の地位が脅かされるという事態はしばらく来ないでしょう。

 

5.この記事のまとめ

ここまでの内容をまとめると以下の通りです。

  • LoLは初見で楽しめない。それは「何が起こっているのかわからない」「いまどちらが有利なのかが分からない」から。
  • 将棋も同じ苦しみを長らく味わってきた。特に人口減少の歯止め(新規人口の流入)と若年層の取り込みは喫緊の課題であった。
  • その課題解決に向け、将棋業界が放った起死回生の一手が将棋電王戦だった。
  • 将棋電王戦では徹底して将棋を「観る」ための工夫がなされ、特に局面の有利・不利の数値化し、常時表示することが大きなパラダイムシフトにつながった。
  • 加えて、将棋人口増加のために「カジュアル層」の増加を受け入れたことが、将棋人口減少に歯止めをかけた一手であった。

 

次回の後編では、この記事で紹介した将棋業界での施策を、なるべくコスト(費用・時間)を掛けずにLJLで応用・適用するアイデアとしてどのようなものがあるかを考えてみたいと思います。

 

(文:あきのあまき)

*1:以前にご本人が言及されていましたが、eyesさんはその番組の視聴者層を把握したうえで、話す内容やその濃淡等を調整しているそうです。聞いていても分かりますが、eyesさんとrevolさんは特に意識して話されていると感じますね。

*2:ただし、この統計には15歳未満が含まれていないことに注意。実際の比率はもう少し小さいでしょう

*3:正確には日本将棋連盟ですが、ここでは簡単のために「業界」と書きます。