【あきののろるにっき#38】ビクター応援プロジェクト ~無知蒙昧の輩に進歩を受け入れさせるには~
「進歩を受け入れよ」
ビクターのこの言葉は生物にとって非常に大切だ。
進歩(進化)の止まった生物はいずれ滅びるしかない。*1
しかし、ビクターの進め方は間違っている。進化生物学の観点から、ビクターが今なすべきことを説明する。
進歩と進化の違い。どちらがビクターの主張に近いか
私の手元にある辞書には、進歩と進化は以下の通り記載されている。
(1)進歩
物事が次第に発達すること。物事が次第によい方、また望ましい方に進み行くこと。
(2)進化
生物が世代を経るにつれて次第に変化し、元の種との差異を増大して多様な種を生じてゆくこと。
こう見ると、ビクターの主張する「人が肉の体を棄てて、より優れたヘクステックの身体拡張に置き換える」ことは、「進歩」よりもむしろ「進化」に近いニュアンスであるとわかるだろう。
実際、彼自身もこの事象を「グロリアス・エヴォリューション(輝かしい進化)」と呼んでいる。
ところで、通常の生物における進化とは、おおよそ
- 「幸運を引き伸ばす」ことで
- 「自然選択」を生き残る
ことを指している。*2
彼自身の思想を広めるためにも、まずは生物の「進化」のキーとなるこの2つの概念を理解していきたい。
企業戦士ムンドの過労死
ビクターの言う「進歩を受け入れよ」という言葉。冒頭にも述べた通りこの言葉は生物にとって非常に大切だ。
進歩(進化)無き生物は生き残れない。
しかし、「羽が無い生物が子供を産んだら、突然羽が生えていた」という事はありうるのだろうか?
正解は「ありえない」だ。このような事象が発生するには、天文学的な確率に更に天文学的な確率を重ね合わせたかのような可能性を引き当てなければならない。
どれほど難しいことかを、例を出して説明してみよう。
さて、ここに企業戦士ムンドを呼んでおいた。
「ムンド営業回り!」や「ムンド名刺交換!」と発言するなど、社会人としての基礎が出来ているような素振りを見せる彼ならおそらくキーボードを叩くことなど造作もないだろう。
さて、そんな彼に「LEAGUE OF LEGENDS KIGYOU SENSI MUNDO」という31文字を打ってもらうことにする。但し、そこはやはりムンドだ。キーボードの細かい字など読めるわけがない。そこで彼にはこんなルールを課すことにした。*3
(1)10秒かけてキーボードを31回押し、31文字の文章を完成させる。(キーボードはアルファベット26文字分しか用意されていない)
(2)きちんと「LEAGUE OF LEGENDS KIGYOU SENSI MUNDO」という文章が書けていればその時点で退社してよい。
(3)文章が書けていなければ、再度10秒かけてキーボードを31回押し、31文字の文章を完成させる。
このルールであれば、突然生物に羽が生えてくる確率よりはムンドが文章を完成させる方が速そうだ。*4
さて、この企業戦士ムンドは一体どれだけの確率で文章を完成させ、退社を勝ち取ることができるのだろう?
答えは1/73,143,171,433,403,393,900,724,146,770,015,259,539,275,776だ。
仮に73,143,171,433,403,393,900,724,146,770,015,259,539,275,776回ムンドに頑張ってもらった場合(それでも36.8%の確率でまだ文章を完成させられていないというのはあまりに悲しい現実だ)、かかる時間は23澗1935溝4751穣1860ジョ5384垓0078京7717兆7733億4324万5668年。
参考までに、地球を含むこの世界(宇宙)の歴史はまだ約140億年だ。
彼がいつ文章を完成させられるかについて確たることは言えないが、これだけは断言できる。ムンドは過労死する。
さて、これで「突然羽が生えてくる」ということなどありえないということが分かってもらえただろうか。
しかし現実には羽の生えた種族が存在している(スウェインの周りを飛ぶカラス、ベアトリクスもその一種だ)。何故このような矛盾が生まれるのだろう?
その疑問を解くカギこそが「幸運の引き伸ばし」だ。
幸運の引き伸ばし:ムンド、労働基準監督署行く!
先程の例ではムンドがあまりに可哀想なので、ルールをほんの少しだけ変えてやることにした。新たなルールはこうだ。
(1)企業戦士ムンドを50人用意する。(!)
(2)50人がそれぞれに10秒かけてキーボードを31回押し、31文字の文章を完成させる。(ここは同じ)
(3)誰かがきちんと「LEAGUE OF LEGENDS KIGYOU SENSI MUNDO」という文章が書けていればその時点で退社する。(ここも同じ)
(4)誰も正しい文章が書けていなければ、「50人のうち最も答えに近い文章を作ったムンド」が残り49人のムンドにその内容を教え、全員にその情報を共有する。
(5)ムンドたち全員はもらった情報を再度10秒かけて打つ。が、残念ながらみんなちょっとイカれているので、ほんの少しだけ違う文章を作る。
(6)結果、50人ともダメなら、再び最も答えに近い文章を作ったムンドが全員にその文章を教え、50人が打つ。
これならどうだろう。
答えは「まともな時間に退社できる」だ。
そう、正しい文章はランダムにキーボードをたたいてもほぼ確実に完成しない。つまり一足飛びの進化は事実上不可能なのだ。
生物が進化するには、ランダムに打ったキーがたまたま答えと合致しているような「ちょっとした幸運」を積み重ねていくしかない。これこそが「幸運の引き伸ばし」だ。
しかし、ここで一つ疑問が出てくる。
ムンドたちが作った文章のどれが答えに近いのかを判定しているのは一体誰なのだろう?
サモナー?Riot?それとも悠久の時を生きるバード?この答えは出そうにない。
しかし、一般的な進化の話なら回答できる。答えは「自然」だ。
自然選択:ルーンテラが「進化」を選び取る
「自然」が選択するとはどういうことか?「自然」に意思があるということ?もちろんそうではない。(アイオニア人にはまた別の意見があるかもしれない。なにせ彼らは家を作る際、木にお願いして「曲がってもらう」のだから。)
ここで言いたいのは、「自然環境では、ほんの少しでも生き延びやすい能力を持った個体が生き残り、多くの子を残す」ということだ。
例えば鳥。クインの相棒ヴァロールのような大型の猛禽であれば話は別かもしれないが、基本的に鳥は弱肉強食世界のトップというわけではない。大抵自分を食べる「捕食者」が存在する。だからこそ彼らは空を飛ぶことで生存能力を高めている。
だが、そんな彼らにも祖先を辿れば必ず翼の生えていない種族がいたはずだ。(「翼」は進化を経て手に入れたものだからだ)
その祖先たちはどうやって子孫を残し、後世に翼を授けたのだろう。
おそらくこういうストーリーだろう。祖先の中で一匹、ほんの少しだけ「手が大きい」個体が生まれた。彼は手が大きいからこそ「少しだけ滑空」できた。
少しだけ滑空できれば、それだけ捕食者に捉えられる可能性は減る。そうやって彼は種族の中でも長く生き残り、たくさんの子をなした。
その子供たちも同じく捕食者から逃れつつ子をなしていき、その過程の中でより「手の大きさ」が洗練され、「長く滑空できる(つまり、生存に有利)」となるような「手」を持つ個体が生まれてきた。
この「長く滑空できる」個体はより長生きし、更に子をなし……ついには「翼」を手に入れたというわけだ。
ここで意識しておきたいのは、一切、全く、誰もこの「選択」に関与していないということだ。
あくまで「生存のしやすさ」という一点でのみ有利な個体がその覇権を握る。その繰り返しが起きているだけである。
しかし、それが結果として「選択」と同一の結果を生んでいるのだ。
翻って、ビクターのプロジェクトを応援するためには
さて、ここで話を本題に戻そう。
古来より人間は、持ち前の武器である知性によって「炎」や「機械」、「電気」などの自己進化の代替物を外部化して生み出してきた。(もしかすると、何らかの理由で脳が発達しなかった人間たちは、知性がないため炎を外部化できず、全員がアニーのように炎を発する能力を手に入れていたかもしれない)
しかし、ビクターの言う「進歩(進化)」はもっと直接的だ。彼の言葉を借りれば「人が肉の体を棄てて、より優れたヘクステックの身体拡張に置き換える」のだから。そのような直接的な進化は、もっとゆっくりじっくり進めていかなければならない。一足飛びの「進歩(進化)」は不可能なのだから。*5
つまり、彼の求める「進化」はあまりに性急なのだ。
そこで彼には「ルーンテラオリンピック」の開催を提案したい。
各国の代表者を集め、運動競技を繰り広げるのだ。そしてその中の短距離陸上競技部門で、彼の作った「ヘクステック義足」を装着した選手を優勝させる。そうすれば自然、ピルトーヴァー内の無知蒙昧な民衆たちはヘクステックでできた脚部パーツを賞賛する。そうすれば次は砲丸投げ部門で「ヘクステック腕」の登場だ。愚民たちは腕をも賞賛するだろう。そうなれば次は?マラソンでヘクステック心臓だ。
え、あまりにも迂遠だって?
仕方ない。進化とはかくもゆっくりとした「幸運の引き伸ばし」なのだから。
(文:あきのあまき)
参考文献
進化とは何か ドーキンス博士の特別講義(早川書房 (2014/12/25))
*1:進化が止まるから滅びるのではない。進化する他の種に淘汰されて滅びるのだ。この言葉の意味は、この記事を読めばおそらく分かる。
*2:「不可能の山」等の他の概念も紹介したかったが、紙幅(?)の都合で割愛した。
*3:本当はSENSHI の方がヘボン式として正しいのだろうが、計算の都合上敢えてSENSIとしている。
*4:「世界に羽根のない生物は1匹だけではないので1人のムンドとは比べられない」という誤謬を見逃しているが、例えだということで勘弁してもらいたい。それに、生物が1兆匹いようが関係ないことはこの後を読めば分かるだろう
*5:「人という知性を持った種族が、進化のために自己の肉体を棄てられるか」という別の論点を考えるのも面白そうだが、趣旨から外れてしまうので別の機会としたい。